旅
物語
ミラノで見つけた、七夕書店。
2026/8/16
ミラノに、4泊5日。
予約していたのは、航空券と4泊分のホテル。
それから、ミラノ大聖堂と最後の晩餐のチケットだけ。
あとは、ほとんど無計画だった。
ミラノ2日目の夕方。
「晩ごはん、どうしようかな」
そんなことを考えながら、とりあえずホテルの周りを歩いてみることにした。
知らない街を、目的もなくぶらぶらする。
そんな時間に見つけたのが、

「七夕書店」だった。
ミラノの街角で、突然目に入ってきた日本語。
しかも、七夕書店。
こんな名前の本屋さんを見つけたら、入らずにはいられない。
ただ、その日はもう夕方で、営業時間も終わりそうな頃だった。
少しだけ店内を見て、
「また来ます」
と言って、店を出た。
私は、口約束でも約束したことは守りたいと思うほうだ。
だから、滞在中にもう一度行こうと思っていた。
ところが翌日は、ミラノ大聖堂をはじめ街を見て回っているうちに、また遅くなってしまった。
ようやくもう一度訪ねることができたのは、ミラノ4日目だったと思う。
今度は、ゆっくり店の中へ。

日本の本が並んでいる。
日本語で書かれたものが、ミラノの小さな本屋にある。
それだけでも不思議な感じがした。
そして何よりうれしかったのは、店主が日本語を話せたこと。
一人旅をしていたから、誰かと日本語で話したかったのかもしれない。
「日本が好きなんですか?」
「日本に来たことがあるんですか?」
私はうれしくなって、どんどん話しかけた。
すると、思いがけない話が返ってきた。
若い頃から日本が好きだったこと。
昔、日本で働いていたこと。
貿易関係の仕事をしていると話していた。
そして驚いたのが、
伊勢神宮で一年ほど修行をしていたという話。
ミラノを歩いていて偶然入った本屋で、まさか伊勢神宮の話を聞くとは思わなかった。
話を聞けば聞くほど面白かった。
七夕書店には、日本の本を探しに来る日本人だけでなく、日本語を勉強しているイタリア人も本を買いに来るという。

遠く離れたミラノの街に、日本語や日本文化を介して人が集まる小さな場所がある。
私は何かひとつ、ここで買って帰りたくなった。
でも、そのとき読みたいと思う本は見つからなかった。
そこで、お土産にもできそうなお香を二種類買った。
すると帰り際、
七夕の絵が描かれたしおりと、
暑中見舞いの葉書と、
日本語で書かれたフリーペーパーをくれた。

ミラノで季節外れの、
「暑中御見舞い申し上げます。」
と書かれた一枚の葉書。
なんだか、とても愛おしく感じた。
そして最後に、
「また会いましょう」
と言って別れた。
旅に出る前、七夕書店のことはもちろん知らなかった。
予定表にもなかった。
ただ、晩ごはんをどうしようかとホテルの周りを歩いただけ。
もしあの日、違う道を歩いていたら。
もし「また来ます」と言ったまま、戻らなかったら。
店主のあんな話を聞くこともなかった。
旅のおもしろさは、
予定していた場所に行くことだけではないのかもしれない。
何も決めていない時間の中で、
偶然見つけた場所に入ってみる。
そこで誰かと話してみる。
そして、もう一度会いに行ってみる。
そんな小さな選択から、
予定表にはなかった物語が始まることがある。
ミラノで私が持ち帰ったものは、
二つのお香と、七夕のしおりと、一枚の暑中見舞い。
そして、
また会いたい人が、ひとり増えた。